何が語られるか
工場の隅で黙々と働くセンサーをつくるキーエンス。営業利益率50%超という尋常でない数字を、二十年以上も保ち続けてきたこの会社は、日本にも「優れた企業を長く持つ」の生きた手本があることを、株価の複利でそっと教えてくれる。
営業利益率50%超。製造業でこの数字を見たら、まず一度疑ったほうがいい。原価がかさみ、設備に金が要り価格競争に巻き込まれる――それが製造業の宿命だと、たいていの人は思っているからだ。ところが、その常識をまるごとひっくり返してきた会社が、日本にある。キーエンス、という。,工場の自動化に使うセンサーや測定器をつくる、いわゆるFA――ファクトリーオートメーションの会社だ。一般の消費者が店頭で目にすることはほとんどない。けれども、世界中の工場の見えないところで、その製品は静かに動き続けている。そして、その地味な事業から、同社は二十年以上にわたって高い利益率を叩き出してきた。,この特集では、三つの章を通して、キーエンスという会社を「投資の視点」から読み解いていく。第一章では、なぜこんな利益率があり得るのか――そのビジネスの構造を。第二章では、その強さがどう株主のリターンへと変わり、長期保有がどんな複利を生んだのかを。そして第三章では、この一社から、私たち一人ひとりの投資に持ち帰れる教訓を取り出していきたい。
誰が読むべきか
- 高い利益率が「たまたま」ではなく、ビジネスの構造から生まれることを、一社の実例で具体的なに理解できる
- 優れた企業を長く持ち続けると、株価がどのように複利で育っていくのか――その時間の力を体感できる
- 派手な成長株ではなく、地味でも強い「質の高い会社」を見分けるための、初心者にも使える着眼点を手に入れる
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精読全文
第 1 章 · 営業利益率50%――この異常値はどこから来るのか
営業利益率50%超。この数字の意味を、まず落ち着いて噛みしめてほしい。営業利益率とは、売上のうち、本業でどれだけ利益が残るかを示す割合だ。100円のものを売って、50円以上が利益として手元に残る――製造業で、それをやってのける会社がある。日本の会社だ。キーエンスという。
どれくらい異常な数字なのか。日本の製造業全体を見渡すと、営業利益率は平均でせいぜい数パーセント前後。優良とされるメーカーでも、二桁に乗れば立派なものだ。自動車にせよ、電機にせよ、ものを「つくって売る」商売は、原材料を買い、工場を動かし、人を雇い、設備に投資し――と、お金の出ていく口がいくらでもある。だから利益は薄くなりがちだ。それが製造業の常識だった。キーエンスは、その常識のまんなかに、50%という穴を開けてしまった会社なのだ。
この特集の第一章で考えたいのは、まさにその一点に尽きる。なぜ、こんなことが可能なのか。たまたまではないのか。続く第二章では、その強さが株主のリターンにどう変わったのかを、第三章では、この一社から私たちが何を学べるのかを辿っていく。だがすべての出発点は、この異常な利益率の「正体」を掴むことにある。
キーエンスがつくっているのは、FA――ファクトリーオートメーション、つまり工場の自動化に使う機器だ。代表的なのがセンサー。たとえば、ベルトコンベアの上を流れる製品が、正しい人置にあるか。傷はないか。数は足りているか。こうしたことを、人の目の代わりに高速で見張る小さな装置である。ほかにも、ミクロン単人で寸法を測る測定器や、カメラで製品を検査する画像処理機器などをつくっている。どれも、私たちが店で買うものではない。だが、世界中の工場の見えない場所で、休みなく働いている。
さて、ここからが核心だ。なぜ利益率がこれほど高いのか。理由は、大きく三つある。
一つ目は、「ファブレス」であること。ファブレスとは、自社で大きな工場を持たないという意味だ。キーエンスは、製品の設計と企画は自分でやるが、実際の組み立ての多くは外部の協力会社に任せている。巨大な工場を抱え込まないから、設備にお金が縛られず、景気の波に対しても身軽でいられる。頭脳の部分――何をつくるかを考え、価値を生む部分――に、経営資源を集中させているのだ。
二つ目は、「直販」。多くのメーカーは、代理店や商社を通して製品を売る。間に人が入れば、その分のマージンが取られ、しかも顧客の声が直接は届きにくい。キーエンスは、自社の営業担当者が顧客の工場へ自ら足を運ぶ。中間マージンが乗らないだけではない。現場で何が困っているのか、生の声を直接つかめる。この「直販」が、次に話す三つ目の強さの土台になっている。
三つ目、そして最も大事なのが、「高付加価値」だ。キーエンスは、ただセンサーを売っているのではない。顧客がまだ言葉にできていない課題そのものを掘り起こし、それを解決する製品を提案する。たとえば「この工程の不良品を、もっと早く見つけたい」という現場の悩みに対し、それを叶える新しい装置を、世界初の機能とともに差し出す。困りごとを解決してくれるなら、顧客は多少高くても買う。値段ではなく、価値で選ばれる。だから、安売り競争に巻き込まれずに済むのだ。
ファブレスで身軽に。直販で現場をつかみ。高付加価値で価格競争から抜け出す。この三つが噛み合って、初めてあの50%という数字が立ち上がってくる。一つでも欠ければ成り立たない、緻密に組まれた仕組みなのだ。
もう少しだけ、この仕組みの内側を覗いてみよう。キーエンスの製品の多くは、「世界初」「業界初」をうたうものだという。なぜ、新しさにこだわるのか。誰もまだ持っていない機能を最初に出せば、しばらくのあいだ競合がいない。比べる対象がないのだから、顧客は値段を他社と見比べることができない。価格を決める主導権が、売る側に残るのだ。これが、利益率を高く保つうえで決定的に効いてくる。後追いで同じものをつくる会社は、価格を下げるしか戦い方がない。だがキーエンスは、つねに半歩先で勝負する。
そして、その「世界初」を生み出す力の源は、やはり直販にある。自社の営業担当者が、来る日も来る日も顧客の工場へ通い、現場の困りごとを拾い集めてくる。その膨大な生の声が、開発部門へと運ばれ、次の新製品の種になる。顧客が「こういうものが欲しい」と口にする前に、その潜在的な悩みを先回りして形にする――この循環が、社内でぐるぐると回り続けているのだ。営業と開発が分断されず、一本の流れでつながっている。これもまた、外からは見えにくい強さである。
では、これほど強い利益の構造は、株主にとって何を意味するのか。高い利益率は、長い時間をかけて、いったいどんなリターンへと姿を変えていくのか。次の章では、その「強さが複利になる」過程に踏み込んでいきたい。
第 2 章 · 強さが複利になる――二十年が描いた曲線
前章では、キーエンスの営業利益率50%超という異常な数字が、ファブレス・直販・高付加価値という三つの柱から生まれていることを見た。身軽な体で、現場の声を直接つかみ、価格ではなく価値で選ばれる――その緻密な仕組みが、製造業の常識を覆していた。では、その強さは、株主にとって何を意味するのか。この章で辿りたいのは、強さが「時間」と掛け合わさったとき、何が起きるかだ。
まず、高い利益率がなぜそれほど重要なのかを、もう一歩だけ掘り下げておきたい。利益率が高いということは、売上が伸びたとき、その多くが利益として残るということだ。薄利の会社は、売上を倍にしても利益はわずかしか増えない。だがキーエンスのように一円の売上から多くの利益が残る会社は、事業が拡大するほど、利益が雪だるま式に膨らんでいく。しかも、ファブレスで設備にお金を縛られないから、稼いだ利益が手元の現金として厚く積み上がる。借金に頼らず、自分の足で立っていられる。これは、不況が来ても倒れにくいということでもある。
そして、ここからが複利の話だ。複利とは、生まれた利益がさらに次の利益を生み、雪のかたまりが坂を転がるように、ふくらみが加速していく現象を指す。キーエンスという会社の価値は、一年や二年では大きく変わらない。だが、毎年しっかり稼ぎ、その稼ぐ力そのものを少しずつ太らせていくと――十年、二十年という単人で見たとき、その積み重ねは驚くほど大きな差になる。
株価は、長い目で見れば、その会社が生み出す利益についていく。短期的には、市場の気分や景気のニュースで上にも下にも揺れる。だが、何年も稼ぐ力を伸ばし続ける会社の株価は、その揺れをならしてみれば、右肩上がりの曲線を描いていく。キーエンスの株価は、まさにそうやって、長い年月をかけて何倍にも、何十倍にもなっていった。一年ごとの値動きを追っていると、その全体像は見えない。だが、二十年というものさしを当てた瞬間に、ゆるやかだが力強い複利の曲線が、くっきりと姿を現すのだ。
ここで、一つ立ち止まってほしい。この複利を手にできた人は、いったいどんな人だったのか。それは、たまたま安値で買って高値で売り抜けた、相場の名人ではない。多くの場合、それは「いい会社だと信じて、ただ持ち続けた人」だった。キーエンスの株を二十年前に買い、その間に何度もあった暴落や調整を、慌てて手放さずにやり過ごした人。その人たちが、結果として最も大きなリターンを受け取った。
少し想像してみてほしい。二十年のあいだには、いくつもの嵐があった。世界的な金融危機があり、相場が半値近くまで沈んだ局面もあった。新型の不況のニュースが流れるたび、株価は大きく揺れた。その一つひとつの場面で、画面に並ぶ赤い数字を見つめながら、「今すぐ売ってしまったほうがいいのではないか」という誘惑に、何度も襲われたはずだ。持ち続けるとは、その誘惑にそのつど耐えるということでもある。簡単な話ではない。だが、その嵐をやり過ごした先に、複利の本当の果実は実っていた。
なぜ嵐に耐えられたのか。その人たちは、株価の数字ではなく、会社そのものを見ていたからだ。利益率は落ちていないか。新しい製品は出続けているか。稼ぐ力の構造は崩れていないか。そこさえ揺らいでいなければ、目先の株価がいくら下がろうと、それは「一時的な値段のブレ」にすぎない――そう考えられた人だけが、握り続けることができた。
なぜ、持ち続けることがそれほど効くのか。複利は、時間がなければ働かないからだ。途中で売ってしまえば、雪だるまはそこで坂を転がるのをやめてしまう。利益が次の利益を生むという連鎖は、断ち切られる。逆に、優れた会社を握ったまま時間を味方につければ、自分は何もしなくても、会社のほうが勝手に価値を増やしていってくれる。投資家がすべきなのは、立派な会社を見つけ、そして「邪魔をしないこと」――それだけだ、とすら言える。
もちろん、ここには大事な前提がある。「持ち続けていいのは、本当に強い会社だけ」ということだ。中身の弱い会社を、ただ長く持っていても、複利は働かない。むしろ価値がしぼんでいくこともある。キーエンスの長期保有が報われたのは、第一章で見たように、その稼ぐ力が構造としてしっかりしていたからだ。利益率という「質」の高さがあって、初めて時間が味方になる。質と時間。この二つが揃ったとき、複利は最大の力を発揮する。
つまり、キーエンスが教えてくれるのは、こういうことだ。優れた企業を見極め、それを長く持つ。たったそれだけの、しかし誰もが実行できるとは限らない原則が、これほど大きなリターンを生み得る、と。では、この一社の物語から、私たち一人ひとりの投資へと、具体的ななに何を持ち帰ればいいのか。次の最終章で、その学びを一つひとつ取り出していきたい。
第 3 章 · 私たちが持ち帰るもの――日本にもある「長期複利」の手本
前章では、キーエンスの高い利益率が、長い時間と掛け合わさることで、株価の複利という大きな曲線を描いていった過程を見た。質の高い会社を、慌てて手放さずに持ち続けた人が、最も大きなリターンを受け取った――そういう話だった。この最終章では、その物語を、私たち一人ひとりの投資へと、どう翻訳すればいいのかを考えたい。
投資の世界では、「優れた企業を長く持つ」という考え方の代表として、よくアメリカの会社が引き合いに出される。確かに、海の向こうには魅力的な成長企業がいくつもある。だが、ここでもう一度、足元を見てほしい。日本にも、まぎれもなくその手本がある。キーエンスは、その生きた証拠だ。「優れた企業を長く持つ」という原則は、どこか遠い国の特別な話ではない。私たちの隣にある会社でも、確かに成り立つ――この事実そのものが、まず一つ目の、そして最も大きな学びだと言っていい。
二つ目の学びは、「地味さを侮るな」ということだ。キーエンスがつくっているのは、店頭に並ぶ華やかな商品ではない。工場の隅で黙々と働く、目立たないセンサーや測定器だ。多くの人は、こうした地味な会社に心を惹かれない。話題のニュースもなければ、夢のある宣伝文句もないからだ。だが、投資のリターンは、必ずしも華やかさからは生まれない。むしろ、人々が見過ごしがちな地味な領域で、圧倒的に強い会社こそ、静かに、しかし確実に価値を増やしていくことがある。派手さと、儲かるかどうかは、別の話なのだ。
三つ目は、「質を見る目を養う」こと。第一章で見た営業利益率は、会社の「質」をはかる、初心者にも使える一つのものさしだった。利益率が高いということは、その会社が何か特別な強み――他社が簡単には真似できない何か――を持っている証拠であることが多い。キーエンスでいえば、それがファブレス・直販・高付加価値という仕組みだった。数字そのものより大事なのは、「なぜこの会社はこんなに儲かるのか」と問い、その答えを自分の言葉で説明できることだ。それができたとき、あなたはただの噂や雰囲気ではなく、構造を見て投資できるようになる。
ここで一つ、初心者がつまずきやすい点に触れておきたい。高い利益率を見ると、人はつい「もう十分に高いのだから、これ以上は伸びないのではないか」と考えてしまう。だが、本当に問うべきはそこではない。「その高さを、これからも保ち続けられるか」のほうだ。一年だけ高い利益を出す会社はいくらでもある。難しいのは、それを十年、二十年と維持することだ。キーエンスがすごいのは、利益率が高いこと自体ではなく、その高さを長期にわたって守り抜いた点にある。守れたのは、世界初を出し続ける開発力と、現場をつかむ直販という、真似されにくい仕組みがあったからだ。質を見るとは、「今の数字」ではなく「その数字が続く理由」を見ることなのだ。
そして四つ目、これが最も実行が難しい学びかもしれない。「時間を味方につける」ということだ。前章で確かめたように、複利は時間がなければ働かない。だが現実には、多くの人が待てない。少し上がれば嬉しくなって売り、少し下がれば不安になって投げ出す。その繰り返しの中で、本来手にできたはずの複利を、自ら手放してしまう。キーエンスの株を二十年持ち続けるというのは、言うのは簡単だが、実際にやり遂げた人はごく一握りだ。立派な会社を見つけることと同じくらい、いや、それ以上に、見つけたあとに「動かずにいる」ことが難しい。
ここで、誤解のないように付け加えておきたい。これは「何も考えずに塩漬けにしろ」という話ではない。会社の強みが本当に続いているかを、ときどき確かめる目は要る。だが、その確認の結果、強さが変わっていないのなら――短期的な株価の上下に振り回されて、わざわざ複利の連鎖を断ち切る必要はない、ということだ。確信を持って買い、確信が崩れない限り、ただ持つ。その静かな規律こそが、長期投資の本質である。
キーエンスという一社を辿ってきて、見えてきたものをまとめよう。製造業の常識を覆す利益率は、ファブレス・直販・高付加価値という構造から生まれていた。その質の高さが、長い時間と掛け合わさって、株価の複利という大きな曲線を描いた。そして、その果実を受け取ったのは、地味な強さを見抜き、待つことのできた人たちだった。優れた企業を、長く持つ。古くからある、ありふれた言葉だ。だが、その言葉が日本の地でも確かに実を結ぶことを、この会社は静かに証明している。華やかな話題を追いかける前に、まず足元の「質」と「時間」に目を向けること――それが、キーエンスが私たちに遺してくれる、いちばん大切な贈り物なのだ。
優れた企業を見つけることは難しい。だが、見つけたあとにただ持ち続けることは、それよりもっと難しい。—— 金言
について心路
キーエンスは、1974年に大阪で創業されたFA(ファクトリーオートメーション)機器のメーカー。工場の自動化に欠かせないセンサー、測定器、画像処理機器などを開発・販売している。自社で工場を持たない「ファブレス」、代理店を介さない「直販」、そして顧客の課題そのものを解決する「高付加価値」という独自のやり方で、製造業としては異例の高い利益率を長年維持してきた。高い社員年収でも知られ、日本を代表する優良企業の一つに数えられる。
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- 優れた企業を見つけることは難しい。だが、見つけたあとにただ持ち続けることは、それよりもっと難しい。—— 金言



