何が語られるか
2000年前後、日本の株式市場は「ネットなら何でも上がる」という熱狂に包まれ、そして崩れた。光通信とソフトバンクの乱高下から、2006年のライブドア・ショックまで――三つの章で、熱狂とガバナンスの欠落、そして個人投資家が払った授業料を辿る。
「これからはインターネットの時代だ」。1999年から2000年にかけて、日本の株式市場では、この一言があらゆる株価を吊り上げた。会社名に「ドット・コム」や「ネット」とつくだけで買いが殺到し、利益のない企業の時価総額が、老舗の製造業を軽々と超えていった。,だが、上がったものは落ちる。米国のナスダックが2000年春に崩れると、日本のネット関連株も雪崩を打って下落した。光通信は連日のストップ安、ソフトバンクの株価はピークの百分の一近くまで沈む。熱狂が冷めたあとに残ったのは、高値で飛びついた個人投資家の、重い損失だった。,この特集では、その「熱狂と崩壊」を三つの章で辿る。第一章で2000年前後のネット・ITバブルとその崩壊を、第二章でバブル後に現れた寵児ライブドアと堀江貴文、そして2006年のライブドア・ショックを、第三章で、二度の熱狂が個人投資家に残した教訓を――株価の物語ではなく、人の心理とガバナンスの物語として読み解いていく。
誰が読むべきか
- 「新しい技術だから上がる」という物語が、いかに株価から利益や実態を切り離し、バブルを生むのかを理解する
- 派手な成長ストーリーの裏で、企業統治(ガバナンス)や会計の健全性を確かめることが、なぜ投資家の生命線になるのかを掴む
- 熱狂のピークで買い、暴落で投げ売る――個人投資家が繰り返してきた失敗の型を知り、群衆の興奮から距離を取る視点を得る
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精読全文
第 1 章 · ネットなら何でも上がった日々――そして崩壊
想像してみてほしい。ある会社の株が、一年で何十倍にもなる。利益はほとんど出ていない。それでも、株価は上がり続ける。理由はただ一つ――「インターネットの会社だから」。馬鹿げて聞こえるだろうか。だが、これは2000年前後の日本で、実際に起きたことだ。
この特集では、その熱狂と崩壊を三つの章で辿っていく。第一章では、2000年を挟んで膨らみ、はじけたネット・ITバブルそのものを。第二章では、バブル崩壊のあとに現れた新しい寵児――ライブドアと堀江貴文、そして2006年のライブドア・ショックを。第三章では、二度の熱狂が個人投資家に残した教訓を。まずは、すべての出発点となった2000年前後の狂騒から始めよう。
1990年代の後半、世界中でインターネットが急速に広まっていた。米国では、ヤフーやアマゾンといったネット企業の株価が天井知らずに上昇し、ハイテク株が集まるナスダック市場は連日のように最高値を更新していた。「ニュー・エコノミー」――新しい経済が始まった、という言葉が躍った。もう古い物差しは通用しない。利益が出ていなくても、将来の成長を買えばいい。そんな空気が、太平洋を越えて日本にも流れ込んできた。
日本でも、会社名に「ネット」や「ドット・コム」とつく企業に、買いが殺到した。新規に上場するネット関連企業は、初値が公開価格の何倍にも跳ね上がった。実態として何をやっているのか、よく分からない会社さえあった。それでも、人々は買った。「乗り遅れたくない」――この一念が、相場を押し上げていった。
この熱気を支えたのが、新しい上場の場の整備だった。1999年、東京証券取引所は、実績の浅い新興企業でも上場できる新市場「マザーズ」を立ち上げる。同じ頃、ナスダック・ジャパンの構想も動き出していた。利益が出ていなくても、成長の物語さえあれば、株式市場でお金を集められる――そんな道が、若いネット企業に大きく開かれたのだ。東京・渋谷には、ネット系のベンチャーが次々と生まれ、「ビットバレー」と呼ばれてもてはやされた。起業すれば上場でき、上場すれば株価が跳ね上がる。その期待が、新たな資金と人を、次々と引き寄せていった。
その象徴が、光通信という会社だ。携帯電話の販売を主力としていたこの企業の株価は、1999年から2000年初めにかけて、すさまじい勢いで上昇した。一時は時価総額が数兆円規模に達し、株価は一株あたり十万円を大きく超える水準まで駆け上がった。当時、日本でいちばん勢いのある会社の一つに見えた。
ソフトバンクもまた、この熱狂の中心にいた。インターネット関連企業への投資を次々と進めていた同社の株価は、2000年2月、一時十九万円台という史上最高値をつける。創業者である孫正義の資産は、紙の上で一気に膨れ上がり、世界有数の富豪に数えられるほどになった――ほんの一瞬だけ。
しかし、上がりすぎたものは、必ず落ちる。きっかけは、本場アメリカだった。2000年の3月、ナスダックは史上最高値をつけたあと、坂を転げ落ちるように下落し始める。ニュー・エコノミーという夢に冷や水が浴びせられた。利益の出ないネット企業に、これほどの株価をつける根拠はあるのか――誰もが避けてきた問いが、ついに突きつけられたのだ。
日本市場の反応は、容赦なかった。光通信の株価は、業績への疑念も重なって、連日のストップ安に沈んでいく。十万円を超えていた株価は、坂道を転がるように下落し、最終的にはピークの数十分の一という水準まで叩き落とされた。「これからの会社」が、わずか数か月で「終わった会社」のように扱われた。
ソフトバンクも例外ではなかった。十九万円台をつけた株価は、その後、暴落を続け、最終的にはピークのおよそ百分の一近くまで沈み込んだ。孫正義は後年、「あのとき、世界一の金持ちから、わずかな期間で資産の大半を失った」と振り返っている。紙の上で膨れ上がった富は、紙のように消えた。
熱狂が冷めたあとに残ったのは、何だったか。高値で飛びついた多くの個人投資家の、重い損失だった。「これからはネットの時代だ」という言葉そのものは、正しかった。実際、インターネットはその後の世界を変えた。だが、「正しい未来」と「正しい株価」は、まったくの別物だ。未来が来ることと、いま目の前の株価が割安かどうかは、何の関係もない――この苦い区別を、市場は身をもって教えた。
ここで一つ、立ち止まって考えたい。なぜ人は、利益も実態もない株を、これほど高値で買ってしまったのか。そして、この崩壊で市場は本当に懲りたのか。実は、ほんの数年後、日本の個人投資家はもう一度、別のかたちの熱狂に巻き込まれていく。その中心にいたのが、ライブドアという一社と、堀江貴文という一人の若者だった。次の章では、その物語に踏み込んでいこう。
第 2 章 · 時代の寵児ライブドア――株式分割の熱狂と、二〇〇六年の崩落
前章では、2000年前後に日本を覆ったネット・ITバブルと、その急激な崩壊を辿った。「インターネットの時代が来る」という未来は本物でも、それに見合わない株価は紙のように崩れた。では、その手痛い経験のあと、市場は冷静になったのか。答えは、否だ。数年後、日本の個人投資家は、別のかたちの熱狂に再び呑み込まれていく。その震源地が、ライブドアだった。
ライブドアの中心にいたのが、堀江貴文――愛称「ホリエモン」である。1972年生まれまれの彼は、東京大学に在学中の1996年、インターネット関連の会社を立ち上げた。当時の社名はオン・ザ・エッヂ。Tシャツ姿でメディアに登場し、既存の権威に物おじせず歯に衣着せぬ発言を放つ若き経営者は、停滞した日本社会への風穴のように見えた。やがて会社は「ライブドア」と名を変え、彼はその代名詞となる。
ライブドアの成長戦略は、徹底して攻めの姿勢だった。次々と他社を買収し、ポータルサイトから金融サービスまで、事業を急拡大していく。株式市場でも、その積極性が話題を呼んだ。とりわけ世間を驚かせたのが、相次ぐ買収を仕掛ける派手な動きだった。2004年にはプロ野球への参入を表明し、2005年には大手放送局の経営権をめぐって、市場で大量に株を買い集める買収劇を仕掛けて、日本中の注目を集めた。「会社は株主のものだ」という、当時の日本ではまだ生々しかった主張を、彼は正面から掲げてみせた。
そして、株価をめぐって、もう一つの仕掛けがあった。株式分割である。一株を、何分の一かに細かく分けて、株数を増やす――これ自体は、ごく普通の財務上の手続きだ。本来、分割しても会社の価値そのものは変わらない。一万円札を千円札十枚に両替するようなもので、合計は同じはずだ。だが、当時の日本では、この分割が思わぬ熱狂を生んだ。ライブドアは大胆な株式分割を繰り返し、一株の値段を下げて、少ない資金でも買えるようにした。すると、新しく市場に入ってきた個人投資家が「安くなった」と感じて殺到し、需給の偏りから株価がかえって跳ね上がる、という現象が起きたのだ。
ここに、危うさがあった。本来、価値の中身は何も変わっていないのに、株が「分けられた」という手続きそのものに、人々が熱狂した。値段の絶対額が下がったことを「割安になった」と錯覚し、買いが買いを呼ぶ。実態を見ずに、株価の動きと話題性だけを追いかける――2000年のバブルと、心理の構造はまったく同じだった。人は、同じ過ちを名前を変えて繰り返す。ライブドアの株主数は、急速に膨れ上がっていった。
だが、華やかな成長物語の裏側で、決定的な問題が進行していた。会計の不正である。のちに明らかになるところによれば、ライブドアは、企業買収などをめぐって利益を実態以上に大きく見せかける、いわゆる粉飾決算に手を染めていた。本来の実力を超えて好調を装い、その見かけの好業績が、さらに株価を押し上げる。投資家は、水増しされた数字を信じて株を買っていた――土台が、嘘で支えられていたのだ。
転機は、2006年1月に訪れた。1月16日、東京地検特捜部が、証券取引法違反などの疑いでライブドアの本社などに強制捜査に入る。テレビは連日この一報を伝え、市場には激震が走った。翌日から、ライブドア株とその関連株には、売り注文が殺到する。買い手のつかないストップ安が続き、株価は底が抜けたように落ちていった。
この一社の事件は、ライブドアだけの問題では収まらなかった。あまりに大量の売り注文が一斉に押し寄せたため、東京証券取引所のシステムが処理能力の限界に近づき、取引そのものを早めに打ち切る異例の事態にまで発展した。市場全体がパニックに巻き込まれ、関係の薄い銘柄まで連れ安となる。この一連の暴落と混乱が、のちに「ライブドア・ショック」と呼ばれることになる。
そして、2006年1月23日、堀江貴文は逮捕される。時代の寵児は、一転して被告人となった。のちに彼は、証券取引法違反の罪で有罪が確定し、実刑判決を受け服役することになる。あれほど株価を吊り上げ、社会の注目を一身に集めた成長物語は、その土台に粉飾という嘘を抱えていたことで、根もとから崩れ去った。
振り返れば、ライブドアの物語には、二つの熱狂が重なっていた。株式分割という手続きへの錯覚に基づく熱狂と、水増しされた決算が生んだ見せかけの好調への熱狂だ。どちらも、株価という数字の表面だけを見て、その裏にある実態――会社が本当に稼いでいるのか、数字は信用できるのか、経営は健全に律されているのか――を、投資家が確かめなかったことから生まれた。では、2000年のバブルと、この2006年のショック。二度の手痛い経験から、個人投資家は何を学ぶべきなのか。最終章で、その教訓を整理していきたい。
第 3 章 · 二度の熱狂が残したもの――個人投資家への教訓
前章では、バブル崩壊後に現れた寵児ライブドアと堀江貴文、そして株式分割の熱狂と粉飾決算、2006年のライブドア・ショックまでを辿った。2000年のネットバブルと、2006年のショック。わずか数年のあいだに、日本の個人投資家は二度、大きな熱狂とその崩壊を経験した。この最終章では、その二つの出来事が私たちに残した教訓を、整理していきたい。
まず、二つの熱狂に共通していたものは何か。それは、「物語」が「実態」を覆い隠していた、という構造だ。2000年には「インターネットが世界を変える」という壮大な物語が、利益も実態もない株価を正当化した。2006年には「既存の権威に挑む若き寵児」という痛快な物語と、株式分割の派手さが、水増しされた決算の危うさを覆い隠した。人は、心を動かす物語に出会うと、その裏側にある地味な数字を確かめるのを、つい怠ってしまう。これが、第一の教訓だ。魅力的な物語ほど、立ち止まって実態を疑う必要がある。
第二の教訓は、ガバナンス――企業統治の重要性である。ライブドアの崩壊の根もとにあったのは、株価でも事業の派手さでもなく、会社の経営が健全に律されていなかったという、地味で本質的な欠陥だった。決算の数字が水増しされていたということは、その会社のチェック機能が働いていなかったということだ。どれほど成長が華やかでも、数字を信用できない会社の株は、砂上の楼閣にすぎない。投資家にとって、その会社が誠実に運営され、会計がきちんと監視されているか――この「見えにくい土台」を確かめることは、派手な成長率を眺めることよりも、はるかに大切だった。
第三の教訓は、個人投資家が陥りやすい「心理の型」だ。二度の熱狂で、多くの個人投資家がたどった道は、驚くほど似ている。最初は半信半疑だ。だが、周りが儲けているのを見聞きするうちに、「自分も乗り遅れたくない」という焦りが膨らむ。そして、株価がもう十分に上がりきった――つまり最も危険な――ピーク近くで、ようやく決心して飛びつく。その直後に暴落が来ると、今度は恐怖に駆られ、底値に近いところで投げ売ってしまう。高く買って、安く売る。投資でやってはいけないことを、感情に流されてそっくり実行してしまうのだ。これが、群衆心理の恐ろしさだ。
では、どうすればよかったのか。ここで大切なのは、後知恵で「あの株を買うな」と言うことではない。当時の渦中で、誰がバブルだと見抜けただろうか。むしろ学ぶべきは、もっと普遍的な姿勢のほうだ。一つ、株価そのものではなく、その会社が本当に利益を生んでいるか、数字は信用できるかという実態を見ること。一つ、「乗り遅れる恐怖」を感じたときこそ、それが熱狂のサインだと疑うこと。一つ、一つの夢の銘柄に資金を集中させず、自分が失っても致命傷にならない範囲で関わること。派手さはないが、これらの地味な原則こそが、熱狂の時代に身を守る盾になる。
もう一つ、忘れてはならない視点がある。「正しい未来」と「正しい投資」は、別物だということだ。インターネットが世界を変えるという予測は、完全に正しかった。実際、その後の二十年で、私たちの生活はネットなしには成り立たなくなった。だが、2000年のピークで光通信やネット関連株を高値で買った人は、未来を正しく見ていたにもかかわらず、大きな損失を被った。正しいテーマを選ぶことと、正しい価格で買うこと――この二つは、まったく別の能力なのだ。良いテーマだという確信は、しばしば「だからいくらで買ってもいい」という油断にすり替わる。ここに、最大の落とし穴がある。
二度の熱狂は、たしかに多くの人に損失を残した。だが、それは同時に、市場というものの本質を、これ以上ないほど鮮明に映し出してもいた。市場は、ときに集団の興奮で熱に浮かされ、実態からかけ離れた値段をつける。だが、長い目で見れば、嘘や錯覚はいつか剝がれ落ち、実態のあるところへと帰っていく。光通信もソフトバンクも、そしてライブドア・ショックも、その冷徹な事実を、私たちに刻みつけた。
投資の世界に、確実に儲かる魔法はない。だが、避けられる失敗は、たしかにある。物語に酔わず、数字と統治の健全さを確かめ、群衆の興奮から半歩だけ距離を置く。たったそれだけのことが、熱狂のたびに繰り返されてきた悲劇から、自分を守ってくれる。日本のITバブルとライブドア・ショックが私たちに遺したのは、儲け方ではなく、踏みとどまり方だった。次に市場が熱に浮かされるとき――そしてそれは必ずまた来る――この二つの物語を思い出せるかどうかが、私たちを試すことになる。
正しい未来を見抜くことと、正しい価格で買うことは、まったく別の能力である。—— 金言
について心路
本特集は、2000年前後に日本で起きたインターネット・ITバブルと、その崩壊、そして2006年のライブドア・ショックを題材とする。光通信やソフトバンクといった当時の主役の株価変動、ライブドアと堀江貴文をめぐる株式分割の熱狂と粉飾決算事件など、史実に基づきながら、熱狂・ガバナンス・個人投資家の心理という三つの軸で、相場の歴史から普遍的な教訓を引き出すことを目的としている。
查看心路全投資ノート →本篇 1 の書き留めたい一節
- 正しい未来を見抜くことと、正しい価格で買うことは、まったく別の能力である。—— 金言



