何が語られるか
46億ドルを吹き飛ばした張本人が、わずか一年後、当時のメンバーを引き連れて再び資金を集めた。投資家はなぜ、それでもついていったのか。
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第 1 章 · メリウェザー、崩壊からの再起――LTCMの廃墟からJWMアソシエイツを立ち上げる
46億ドルを吹き飛ばした張本人が、わずか一年後、当時のメンバーを引き連れて再び資金を集めた。投資家はなぜ、それでもついていったのか。
1998年9月のある週末、ウォール街14行の幹部がニューヨーク連銀の会議室にすし詰めになっていた。彼らは半ば強制的に手を組み、36億ドルを注ぎ込む。そうしてようやく、ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)という決壊した堤防の穴をふさいだ。この破綻は世界を震撼させた。一つのファンドが抱えていた想定元本は、ピーク時に1兆2500億ドル。最終的な損失は46億ドル。あと一歩で、債券市場まるごとを道連れにするところだった。
この惨事を主導した男の名は、ジョン・メリウェザー。
ウォール街での経歴は、まさに伝説だった。ソロモン・ブラザーズで裁定取引部門を立ち上げ、その下にはノーベル経済学賞の受賞者が何人も集まった。数理モデルを使い、債券市場の価格差を寸分の狂いもなく刈り取っていく。LTCMの設立は1994年。最初の4年間、年率リターンは40%を超えた。ウォール街は彼を「債券の帝王」と崇めた。そして1998年、ロシアが債務不履行に陥る。流動性は一瞬で蒸発し、モデルの中で「同時に縮まることなどほぼあり得ない」とされた価格差が、すべて同じ方向へ一斉に爆発した。
惨事のあと、メリウェザーはおよそ9か月、沈黙した。
1999年、彼は再び姿を現す。
LTCMの古参を十数名集め、グリニッジでJWMアソシエイツを登記した。戦略はほとんどそっくりそのまま。レラティブ・バリュー・アービトラージ――異なる債券、異なる市場のあいだに生じた価格づけの微細なズレを探し出し、それがいずれ正常な水準へ戻ることに賭ける。募集目標は2億5000万ドルに設定された。
世間の第一声は、衝撃だった。投資家の金を46億ドルも燃やしたばかりの男が、一年後、まったく同じ方法論を引っさげて資金集めに戻ってくる――これは面の皮が厚いというより、いったい何なのか。
だが、金は集まった。
初期の2億5000万ドルは満額で埋まり、その後の数年でJWMの運用規模は30億ドル超まで一気に膨らんだ。機関投資家が再び入ってくる。その中には年金ファンドや大学ファンドまで含まれていた。彼らが示した論理は、冷静すぎて、かえって不安にさせるものだった。LTCMが失敗した根っこは、戦略ではない。レバレッジだ、と。当時LTCMのレバレッジ比率は一時25倍を超えていた。流動性が枯渇する圧力の下、強制的に投げ売りを迫られ、本来なら収束を待てたはずの価格差トレードが、生きたまま踏み潰された。戦略そのものは間違っていない。間違っていたのはポジション管理だ。JWMがレバレッジを妥当な範囲に抑えられるなら、レラティブ・バリュー・アービトラージは今なお有効なアルファの源泉である――と。
この論理に、筋は通っているのか。
通ってはいる。だが、一つ見落としている。レラティブ・バリュー・アービトラージのリターンは、そもそも流動性プレミアムの刈り取りから生まれる。この戦略は本質的に「市場はいずれ正常に戻る」へ賭けているのであり、その賭けにとって最大の敵こそ、流動性の消失なのだ。レバレッジは加速装置にすぎない。流動性への依存こそが原罪だった。すべての責任をレバレッジに押しつけるのは、なぜ負けたのかを本当には理解していないのと同じことだ。
メリウェザーは、明らかに前半の論理を信じていた。JWMのレバレッジは確かにLTCM時代よりずっと低く、運用初期はかなり抑制が利いていた。ファンドの成績も、最初の数年は支持者の判断を裏づけた。安定したプラスのリターン、ドローダウンも管理可能。2億5000万から30億まで、5年とかからなかった。
「評判の値引き」を「技術のプレミアム」が押さえ込んだのだ。
資本市場には、奇妙な記憶のメカニズムがある。失敗者を罰しはする。だが「失敗の原因が説明可能」と認定された失敗者に対しては、その罰の期間が拍子抜けするほど短いことが多い。メリウェザーのチームが量的裁定の領域で築いた技術的な壁は、本物だった。彼らが組み上げた価格づけモデル、積み上げた取引データ、市場のミクロ構造への理解――どれも、並の競合に複製できるものではない。投資家が戻ってきた理由の一つは、市場に代わりとなるチームが、そもそも数えるほどしか存在しなかったからだ。
こうして、危険な信頼の慣性が生まれた。
2003年から2007年にかけて、世界の信用は膨張し、流動性はあふれ、レラティブ・バリュー・アービトラージの土壌は肥えていた。この時期、JWMのモデルは見事な成績を残し、規模は伸び続けた。誰も本気で問わなかった。もし流動性がまた消えたら、この戦略の損切りの仕組みはどこにあるのか。ストレステストはどこまでのシナリオを織り込んだのか、と。
2008年、その答えがやってきた。
リーマン・ブラザーズが倒れたあと、世界の信用市場は凍りつき、流動性は再び蒸発した。レラティブ・バリュー・アービトラージの価格差は縮まるどころか、パニック的な投げ売りの中で、激しく開いていった。JWMの主力ファンドは、2008年の一年だけで44%超の損失を出した。
今度は、連銀が表に出て救済を調整することもなければ、銀行団が資金を入れることもなかった。メリウェザーは2009年、ファンドの閉鎖を発表した。
二度の危機、同じ人物、同じ種類の戦略、同じ根源的な弱点。誰もが一斉に流動性を求めたとき、モデルの中の「価格差は必ず収束する」は、一枚の空手形に変わる。
この歴史を振り返って、本当に問うべきは、メリウェザーがなぜ戻ってくる勇気を持てたか、ではない。投資家がなぜついていく勇気を持てたか、だ。その答えは、デューデリジェンスの質の中に隠れている。多くの機関はJWMを評価するとき、チームの学術的経歴と過去のリターンを検証するのに膨大な時間を費やした。だが、こう体系的なに問い詰めることはしなかった。この戦略は、どんな市場環境で機能しなくなるのか。機能しなくなったとき、最大ドローダウンはどこまで膨らむのか。ファンドの流動性条項は、極限状況での投資家の解約要求を支えきれるのか、と。
スター効果は、デューデリジェンスの深さを圧縮する。これはウォール街だけの問題ではない。権威を前にしたとき、人間が抱く本能そのものだ。
メリウェザーの物語は、技術とリスクのあいだに横たわる永遠の緊張への、一つの脚注である。彼のモデルは、一度も本当に「間違って」などいなかった。価格差は最後には確かに収束する――ただし、その日まで生き延びていられれば、の話だ。問題は、市場には、正しさが訪れる前にあなたを先に殺す力がある、ということ。
この一点を、二度の危機をもってしても、彼は学びきれなかった。
失敗の原因を「戦略の欠陥」ではなく「執行の問題」に帰するには、きわめて厳格な立証基準が要る。運用者の再起を評価するときは、その自己物語を鵜呑みにせず、元の失敗の根本原因を一つひとつ解きほぐすべきだ。—— 投資からの示唆
本篇 1 の書き留めたい一節
- 失敗の原因を「戦略の欠陥」ではなく「執行の問題」に帰するには、きわめて厳格な立証基準が要る。運用者の再起を評価するときは、その自己物語を鵜呑みにせず、元の失敗の根本原因を一つひとつ解きほぐすべきだ。—— 投資からの示唆



