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竹田和平 · 日本のウォーレン・バフェット 封面

竹田和平 · 日本のウォーレン・バフェット

流派 · 品質バリュー投資
巨匠 · 巨匠堂
聴く 29 分の解説 · 読約 8,174 字精読
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一行で言うと 菓子メーカーの経営者から、日本を代表する個人投資家へ——竹田和平が貫いた「優良企業を、長く持つ」という一本の道と、その根

何が語られるか

菓子メーカーの経営者から、日本を代表する個人投資家へ——竹田和平が貫いた「優良企業を、長く持つ」という一本の道と、その根にある『ありがとう』の哲学をたどる。

「日本のウォーレン・バフェット」。そう呼ばれた個人投資家がいた。竹田和平。名古屋でたまごボーロを焼く菓子メーカーを率いながら、本業で得た資金で株を買い続け、最盛期には百社を超える上場企業の大株主名簿に名を連ねた。彼が買ったのは、派手な急成長株ではない。地味でも堅実に利益を出し、株主にきちんと配当を返す——そういう優良企業ばかりだった。そして買ったら、めったに売らない。年単人、十年単人で持ち続ける。これが彼のやり方だった。だが竹田を本当に特別にしていたのは、手法そのものよりも、その奥にある考え方だ。彼は『ありがとう』という言葉を、一日に何千回も心の中で唱えたという。投資とは金もうけの技術である以前に、世の中に良い会社を育て、感謝を循環させる営みだ——彼は本気でそう信じていた。晩年には、若い個人投資家を集めて自分の考えを惜しみなく伝え、多くの「弟子」を世に送り出した。この一冊では、ひとりの菓子屋がどうやって日本における長期バリュー投資の象徴になったのか、その四つの局面を順にたどっていく。

誰が読むべきか

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第 1 章 · たまごボーロを焼く投資家
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精読全文

第 1 章 · たまごボーロを焼く投資家

「日本のウォーレン・バフェット」。

そう呼ばれた男がいる。

名前は竹田和平。だが彼の本業は、ファンドマネジャーでも、証券アナリストでもない。

菓子屋だ。

名古屋で、たまごボーロを焼く会社を率いていた。あの、口に入れるとほろりと溶ける、丸くて小さな卵のお菓子だ。子どものころに食べた人も多いだろう。

その菓子屋の経営者が、いつのまにか、日本で百社を超える上場企業の大株主名簿に名を連ねていた。

待ってほしい。

百社。

一社や二社ではない。百を超える会社の、大株主だ。

なぜ、菓子を焼く男が、それほどの投資家になれたのか。今日はここから始めよう。

まず、この一冊がどこへ連れて行ってくれるのか、先に地図を広げておきたい。

このユニットは、四つの章で竹田和平という人物をたどっていく。

第一章——つまり今この章では、彼の出発点を見る。なぜ菓子屋が投資を始めたのか。本業と投資が、彼の中でどうつながっていたのか。

第二章では、彼の投資の中身に踏み込む。彼はいったいどんな会社を選んだのか。なぜ「配当を出す優良企業」にこだわったのか。そして、買ったらなぜ売らなかったのか。

第三章では、手法の奥にある哲学に入る。『ありがとう』という、一見すると投資とは無縁に思える言葉。それが彼の運用と、どう結びついていたのか。

第四章では、彼が後半生で何を遺そうとしたのかを見る。なぜ自分の手の内を、若い個人投資家に惜しみなく明かしたのか。そして、彼の何が「象徴」と呼ばれるに至ったのか。

よし。地図は広げた。では本編に入ろう。

竹田和平は、1933年、名古屋に生まれた。

生まれた家は、菓子をつくる家だった。和平はやがて、その家業を継ぐ。たまごボーロを主力とする竹田製菓を率い、経営者として一つの事業を育てていった。

ここで、まず押さえておきたいことがある。

彼は最初から投資家だったのではない。最初は、ものをつくり、それを売り、利益を生む——本物の事業家だった。

この順番が、とても大事だ。

なぜか。

彼の投資の元手は、相場で増やした金ではない。本業で、菓子を一つひとつ売って積み上げた金だった。

考えてみてほしい。

事業を経営するとは、毎日キャッシュが入ってきて、出ていくということだ。原料を仕入れ、人を雇い、機械を動かし、商品を出荷し、代金を回収する。その差額が、利益として手元に残る。

竹田は、その残った利益を、消費に回さなかった。

株に変えた。

本業で生んだ現金を、少しずつ、株式という別の資産に積み替えていったのだ。

これは、個人投資家にとって、とても示唆に富む話だと思う。

なぜなら——多くの人が見落としているからだ。

投資で成功するために、いちばん大事なのは何か。

華麗な売買のテクニックではない。

投じる元本を、どうやって安定して生み出し続けるか。それだ。

相場がどれだけ上手でも、入れる種銭が枯れていれば、複利は回らない。逆に、本業という蛇口から現金が流れ込み続けるなら、相場が荒れているときでさえ、淡々と良い会社を買い増していける。

竹田にとって、菓子屋という本業は、まさにその蛇口だった。

そして彼は、相場の上下に一喜一憂する必要がなかった。

なぜなら、彼の生活は本業で成り立っていたからだ。株は、慌てて売って現金化しなければならないものではなかった。だからこそ、彼は「待つ」ことができた。

相場が暴落しても、生活に困らない。だから売らずに済む。むしろ、安くなったところで買える。

この「売らなくていい立場」こそ、長期投資家にとって最強の武器のひとつだ。

そしてもう一つ。

竹田は、株を「紙切れ」とは見ていなかった。

彼自身が経営者だったからだ。

一つの会社を経営することが、どれだけ大変か。社員を食べさせ、取引先と向き合い、利益を出し続けることが、どれほどの積み重ねか。彼はそれを、身をもって知っていた。

だから彼が株を買うとき、それは「値上がりを狙う賭け」ではなかった。

「この会社の一部を、共同のオーナーとして持つ」ということだった。

この感覚は、のちに彼の銘柄選びを根っこで決めていくことになる。

さて、ここで一度立ち止まって、いまのあなたに重ねてみたい。

あなたが個人投資家なら、あなたにとっての「本業」は何だろうか。

会社員なら、毎月の給料がそれにあたる。フリーランスなら仕事の報酬だ。

そこから生まれる安定したキャッシュフローこそ、あなたが相場で「待てる」ための土台になる。

竹田和平が教えてくれる最初の一手は、派手な銘柄選びではない。

まず、現金を安定して生む基盤を持つこと。そして、その基盤があるからこそ、相場で慌てない自分をつくること。

ここまでが、彼の出発点だ。

だが、まだ肝心なことに触れていない。

彼は本業で稼いだ現金を、いったいどんな会社につぎ込んだのか。

百を超える会社。その中身は何だったのか。彼は、何を基準に選び、なぜ一度買ったら手放さなかったのか。

次の章では、竹田和平の投資の「中身」に踏み込む。彼が「優良企業」と呼んだものは、いったい何だったのだろうか。

第 2 章 · 配当を出す会社を、長く持つ

前の章では、竹田和平の出発点を見た。彼は菓子屋という本業で現金を生み、それを株に積み替えていった。相場で慌てない「売らなくていい立場」を、本業が支えていた——ここまでが前回の話だ。

では、いよいよ核心に入ろう。

竹田は、いったいどんな会社を選んだのか。

百を超える上場企業の大株主。その顔ぶれは、世間がもてはやす花形企業ばかりではなかった。

むしろ逆だ。

彼が好んだのは、地味な会社だった。

世間の注目を集めず、株価が話題になることも少ない。けれど、毎年こつこつと利益を出し、財務がしっかりしていて、株主にきちんと配当を返す——そういう会社だ。

ここで、彼の選び方の柱を三つに分けて見てみたい。

一つめ。配当を出していること。

これは、竹田の投資哲学の中心にある。

なぜ配当をそれほど重んじたのか。

配当とは、会社が実際に稼いだ現金の中から、株主に手渡される取り分だ。

口先ではない。約束でもない。本物の現金が、毎年、自分の口座に振り込まれる。

株価は、明日には半分になっているかもしれない。だが、きちんと配当を払い続けてくれる会社を持っていれば、株価がどう動こうと、現金は流れ込み続ける。

そして配当を出せるということは、それ自体が会社の健全さの証でもある。

考えてみてほしい。配当は、手元に本物の現金がなければ払えない。帳簿の上だけで利益を装っても、配当という形で現金を出し続けることはできない。

だから「配当を継続して出している」という事実は、その会社が見せかけではなく、本当に稼いでいることの、強力な裏づけになる。

竹田は、ここを見ていた。

二つめ。財務が健全で、堅実に利益を出していること。

彼は、借金で無理に背伸びをしている会社を好まなかった。

派手に拡大し、急成長を約束する会社よりも、地味でも毎年安定して黒字を出し、内部に蓄えを持つ会社を選んだ。

なぜか。

そういう会社は、不況が来ても倒れにくいからだ。

景気が良いときは、どんな会社も調子が良く見える。本当の差が出るのは、景気が悪くなったときだ。借金まみれの会社は、そこで一気に苦しくなる。だが、財務に余裕のある優良企業は、嵐をやり過ごし、ときには弱った同業者を尻目に、さらに強くなる。

竹田が探していたのは、まさにそういう「嵐に強い会社」だった。

三つめ。そして、これがいちばん竹田らしい点だ。

買ったら、長く持つ。

彼は、頻繁に売買しなかった。

一度「これは良い会社だ」と見極めて買ったら、年単人、ときには十年単人で、ただ持ち続けた。

なぜ売らないのか。

理由はシンプルだ。

良い会社は、時間とともに価値を増していくからだ。

健全な会社は、毎年利益を出す。その利益の一部は配当として株主に返され、一部は会社の中に再投資される。再投資された分は、さらに翌年の利益を押し上げる。

これが、何年も、何十年も続く。

つまり、良い会社を持ち続けることは、複利の力をそのまま自分のものにすることなのだ。

ここで、急いで売る人と比べてみよう。

少し上がったら売る。下がったら不安で売る。そうやって出たり入ったりを繰り返すと、どうなるか。

手数料がかさむ。税金がかかる。そして何より——会社が長い時間をかけて生み出すはずだった、いちばんおいしい複利の果実を、自分から手放してしまう。

竹田は、それをしなかった。

彼は、良い会社の「オーナー」になったつもりで持ち続けた。

思い出してほしい。彼自身が経営者だったということを。

自分の菓子屋を、半年で売り飛ばそうとは誰も思わない。何年もかけて育てるものだ。

竹田は、他社の株も、それと同じ目で見ていた。

株は、画面の中で点滅する数字ではない。一つの事業の、共同のオーナー権だ。

だから、事業そのものが健全である限り、株価が一時的にどう揺れようと、手放す理由はない。

ここで、いまのあなたに重ねてみたい。

あなたが持っている株を、もし「株価」という数字を一切見られなかったとしたら——あなたは、その会社を持ち続けたいと思えるだろうか。

その会社は、来年も、再来年も、現金を稼いでいるだろうか。配当を払えるだろうか。

この問いに自信を持って「はい」と言えるなら、株価の上下は、本来あなたを揺さぶれないはずだ。

竹田和平の投資は、つきつめれば、たった一行で言える。

配当を出す優良企業を、長く持つ。

驚くほど単純だ。

だが、この単純な原則を、何十年も、相場の嵐の中でも崩さずに守り抜くこと——それが、どれほど難しいか。

そして、ここで一つの疑問がわいてくる。

なぜ竹田は、それほどまでに動じずにいられたのか。みんなが恐怖で売り急ぐ暴落のときに、なぜ彼は平然と持ち続け、買い増すことさえできたのか。

その答えは、彼の投資手法の中にはない。

もっと奥——彼の人生哲学の中にある。

次の章では、投資とは一見まったく関係なさそうな、ある一つの言葉に向き合う。

『ありがとう』。

この言葉が、なぜ竹田和平の投資の根っこにあったのか。

第 3 章 · 『ありがとう』という投資哲学

前の章では、竹田和平の投資を一行に煮詰めた。配当を出す優良企業を、長く持つ。単純だが、嵐の中で守り抜くのは難しい——そう話して終えた。

では、なぜ彼は守り抜けたのか。

ここからが、竹田和平という人物の、いちばん独特なところだ。

彼の投資の根っこには、ある一つの言葉があった。

『ありがとう』。

感謝の言葉だ。

竹田は、この言葉を一日に何千回も、心の中で唱えていたという。

投資の話のはずなのに、なぜ感謝の言葉なのか。怪しげな精神論ではないのか——そう感じる人もいるかもしれない。

だが、少し待ってほしい。

この哲学は、彼の投資のやり方と、驚くほど深いところでつながっている。

まず、竹田にとって投資とは何だったのか。

多くの人は、投資を「奪い合い」だと思っている。

相場はゼロサムだ。誰かが儲ければ、誰かが損をする。安く買って高く売り、他人より一歩先に動いて、利ざやをかすめ取る——そういうゲームだと。

竹田の見方は、まったく違った。

彼にとって投資とは、良い会社にお金を託し、その会社が世の中に価値を生むのを助け、その見返りとして配当という形で感謝が返ってくる——そういう「循環」だった。

奪い合いではなく、めぐり合い。

この世界観の違いが、決定的だった。

考えてみてほしい。

投資を奪い合いだと思っている人は、常に緊張している。誰かに出し抜かれないか、高値づかみをしていないか、今売らなければ損をするのではないか——心がいつも、恐怖と欲望のあいだで揺れている。

だから暴落が来ると、耐えられない。みんなが売るから、自分も売る。底で投げ売りをして、傷を深くする。

だが、投資を「感謝の循環」だと捉えていた竹田は、違った。

彼は、自分が出資した会社を、信頼していた。

良い会社は、世の中に必要とされている。人々の役に立つ商品やサービスを生み、雇用を支え、社会に貢献している。だから、たとえ一時的に株価が暴落しても、その会社が本当に良い会社である限り、いずれ価値は戻ってくる——彼はそう信じていた。

この信頼があるから、暴落の中でも平然としていられた。

むしろ、安くなった優良企業を、感謝とともに買い増すことができた。

ここが、前の章の最後で投げかけた問いの答えだ。

なぜ竹田は、みんなが恐怖で売り急ぐときに、動じずにいられたのか。

手法の問題ではなかった。心の構えの問題だった。

そして、その心の構えを支えていたのが、『ありがとう』という、彼の世界の見方だったのだ。

もう一つ、大事なな側面がある。

竹田は、お金そのものを、感謝の塊だと考えていた。

お金が自分のところに集まってくるのは、それだけ多くの人を喜ばせ、役に立った結果だ——そう捉えていた。

だから、お金を雑に扱わない。投機でばくちのように溶かしたりしない。

お金を、良い会社という「次の感謝を生む場所」へ送り出す。そこでまた価値が生まれ、感謝が循環していく。

投資とは、その循環に自分のお金を参加させることだ。

こう考えると、彼が地味でも社会に必要とされる堅実な会社を好んだ理由も、すっと腑に落ちる。

派手なだけで中身のない会社、誰かを犠牲にして儲ける会社には、感謝の循環は生まれない。長くは続かない。

本当に世の中の役に立っている会社こそ、長く感謝され、長く稼ぎ続け、長く配当を払い続ける。

竹田の哲学と、彼の銘柄選びは、ここで一本につながる。

良い会社を選ぶこと。それは、感謝が循環する会社を選ぶことだった。

さて、ここで少し冷静に考えてみたい。

『ありがとう』を唱えれば株価が上がる——そんな魔法のような話ではない、ということだ。誤解してはいけない。

この哲学が果たした本当の役割は、別のところにある。

それは、感情のコントロールだ。

投資で人が失敗する最大の原因は、計算ミスではない。感情だ。

欲望に駆られて高値で飛びつき、恐怖に飲まれて底値で投げる。理屈ではわかっていても、いざとなると感情に流される。これが、ほとんどの個人投資家が負ける理由だ。

竹田の『ありがとう』は、その感情の暴走を抑える、彼なりの「錨」だった。

相場がどう荒れても、世界を「奪い合い」ではなく「感謝の循環」として見る。そうすれば、恐怖と欲望に飲まれずにいられる。

冷静でいられる人だけが、良い会社を長く持ち続けられる。そして、長く持ち続けた人だけが、複利の果実を手にできる。

つまり、彼の哲学は、彼の手法を「実行可能」にするための土台だった。

どんなに正しい手法も、感情に負けて続けられなければ意味がない。竹田は、哲学によって、自分が手法を貫けるようにしていたのだ。

いまのあなたに、重ねてみよう。

あなたが暴落のさなかにいるとき、心の中に何があるだろうか。

恐怖か。それとも、自分が出資した会社への信頼か。

この違いが、売るか、持ち続けるか、買い増すかを分ける。そして長い目で見れば、その一つひとつの選択の積み重ねが、結果のすべてを決めていく。

竹田和平は、その心の構えを、『ありがとう』という言葉に宿していた。

さて、ここまでで、彼の手法と、その奥にある哲学を見てきた。

だが、竹田の物語には、もう一つの顔がある。

彼は、自分一人が儲ければそれでいい、とは考えなかった。

後半生、彼はある行動に出る。自分が長い時間をかけて築いた投資の考え方を、若い個人投資家たちに、惜しみなく明かし始めたのだ。

なぜ、手の内を明かしたのか。

次の章では、竹田和平が最後に何を遺そうとしたのか——そして、なぜ彼が「日本の長期投資の象徴」と呼ばれるに至ったのかを見ていこう。

第 4 章 · 象徴になった菓子屋

前の章では、竹田和平の哲学を見た。投資を「奪い合い」ではなく「感謝の循環」と捉える、その世界の見方が、暴落の中でも彼を冷静にさせ、良い会社を持ち続けさせた——そう話して終えた。

さて、最後の章だ。

ここでは、竹田和平が後半生に何を遺そうとしたのか、そして、なぜ彼が「日本の長期投資の象徴」と呼ばれるに至ったのかを見ていく。

竹田は、自分一人が豊かになることに、こだわらなかった。

百を超える企業の大株主となり、「日本のウォーレン・バフェット」と呼ばれるほどの財を築いたあと、彼が向かったのは——人を育てることだった。

後半生、彼は若い個人投資家たちと積極的に交わり、自分の考え方を惜しみなく語り始めた。

配当を重んじること。財務の健全な優良企業を選ぶこと。買ったら、長く持つこと。そして、投資を感謝の循環として捉えること。

彼が時間をかけて築いたこれらの考え方を、彼は隠さなかった。

ここで、立ち止まって考えてみたい。

ふつう、投資で成功した手法は、秘密にされる。手の内を明かせば、真似されて優人が失われる——そう考えるのが普通だ。

なぜ竹田は、逆のことをしたのか。

理由は、これまで見てきた彼の哲学を思い出せば、はっきりする。

彼にとって投資は、奪い合いではなかった。

良い会社が育ち、世の中が豊かになり、感謝が循環していく——それが彼の見ていた世界だ。

その世界では、長期でまっとうな投資をする人が増えることは、脅威ではない。むしろ、循環をより大きく、より健やかにする、歓迎すべきことだった。

だから彼は、手の内を明かした。

良い投資家が一人でも増えれば、良い会社にお金が回り、感謝の循環が広がる。彼の哲学からすれば、それは自然な帰結だった。

そして、ここに、彼が単なる「成功した投資家」を超えて「象徴」になった理由がある。

考えてみてほしい。

日本では長いあいだ、株式投資に対して、どこか後ろ暗いイメージがつきまとってきた。投機、ばくち、まじめな人間が手を出すものではない——そんな空気だ。

そんな中で、竹田和平は、まったく別の姿を体現してみせた。

菓子をつくる堅実な事業家でありながら、まっとうに株式へ長期投資し、世の中に役立つ良い会社を応援し、感謝とともに資産を築いていく。

投機ではない。地に足のついた、健全な資産形成としての株式投資。

その生きた手本が、竹田だった。

だからこそ彼は、「日本の長期投資の象徴」と呼ばれるようになった。

バフェットになぞらえられたのも、単に大株主だったからではない。優良企業を、長期に、信念を持って保有し続ける——その姿勢そのものが、バフェットと重なって見えたからだ。

竹田和平は、2016年に世を去った。

だが、彼が遺したものは、保有していた株や財産だけではない。

もっと大きなものを遺した。

一つは、考え方だ。

本業で安定した現金を生み、それを優良企業に長期投資し、配当を受け取りながら、複利を味方につけていく。派手さはないが、普通の人が、普通に続けられる、現実的な資産形成の道。彼は、その生きた証明だった。

もう一つは、後進だ。

彼が考え方を伝えた若い投資家たちは、その教えを受け継ぎ、それぞれの道を歩んでいった。竹田の哲学は、人から人へと渡されていった。

ここで、この一冊全体を振り返ってみよう。

第一章で、私たちは菓子屋から始まった。本業で現金を生む基盤があるからこそ、相場で慌てずに待てる——その出発点を見た。

第二章では、彼の手法を一行に煮詰めた。配当を出す優良企業を、長く持つ。

第三章では、その奥にある哲学を見た。投資を感謝の循環と捉えることが、恐怖と欲望を抑え、手法を貫く土台になっていた。

そして第四章のここで、その全部が一つに結ばれた。彼は、自分の築いたものを次の世代に手渡し、株式投資が投機ではなく健全な営みでありうることを、生き方そのもので示した。

竹田和平の物語が、私たちに教えてくれることは何か。

投資の本当の強さは、複雑な技術にあるのではない、ということだ。

それは、単純な原則を——どれだけ長く、どれだけ動じずに、貫けるかにある。

良い会社を選ぶ。長く持つ。感謝を忘れない。慌てない。

言葉にすれば、子どもでもわかる。

だが、これを何十年も守り抜いた人間は、ほとんどいない。

竹田和平は、その数少ない一人だった。

たまごボーロを焼きながら、彼は静かに、日本における長期投資の一つの理想を体現してみせた。派手な勝負ではなく、感謝の循環として。

そして、その姿は、今も多くの個人投資家の心に、一つの問いを残している。

あなたは、自分が信じられる良い会社を、揺らがずに、長く持ち続けられるだろうか——と。

良い会社を選び、感謝とともに長く持つ——投資の強さは複雑な技術ではなく、単純な原則をどれだけ動じずに貫けるかにある。—— 金言

について巨匠堂

巨匠堂

竹田和平(たけだ・わへい、1933〜2016)は、愛知県名古屋市に生まれた経営者であり投資家。家業の菓子製造を継ぎ、「たまごボーロ」で知られる竹田製菓を率いた。本業で築いた資金をもとに、株式の長期保有による資産運用を続け、最盛期には百社を超える上場企業の大株主名簿に名を連ねたことから、メディアに「日本のウォーレン・バフェット」と呼ばれた。配当を重んじ、財務の健全な優良企業を選び、長期に保有する——その一貫した姿勢と、『ありがとう』を核とする独自の人生哲学で広く知られた。晩年は個人投資家への助言や啓発にも力を注ぎ、多くの後進に影響を与えた。本ユニットは、伝記著者ではなく編集部が、公開された事実に基づいて再構成したものである。

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