何が語られるか
枯れた技術を水平に組み替えて何度も復活した任天堂から、優良企業の底力とは何かを学ぶ。
最新の半導体でもなく、最先端のグラフィックでもない。任天堂が世界を驚かせてきた武器は、いつも「もう枯れた技術」だった。ファミコン、ゲームボーイ、DS、Wii――そしてWii Uの失速からSwitchへのV字回復。逆境のたびに独自路線で這い上がるこの会社を、投資家はどう読めばいいのか。横井軍平の思想、岩田聡の経営、そしてマリオというIPの厚みを手がかりに、株価では測れない「企業の質」を一章で辿る。
誰が読むべきか
- 最先端ではなく「枯れた技術」を組み合わせる発想が、なぜ強い競争優人になるのかがわかる
- Wii UからSwitchへのV字回復に、優良企業の「底力」がどう表れたかを具体的なに読み解ける
- IP・ネットキャッシュ・独自路線という、株価チャートには映らない無形の価値の見方が身につく
试聴く第一章音声解説
精読全文
第 1 章 · 枯れた技術の水平思考
京都に、半導体を一切作らない会社がある。最先端のチップも、世界最速のグラフィックも持っていない。それでも、この会社のゲーム機は何度も世界で一番売れてきた。任天堂だ。
投資の世界では、よく「技術力のある会社を買え」と言われる。だが任天堂を見ていると、その常識が少し揺らぐ。彼らが武器にしてきたのは、最先端の技術ではない。むしろ逆――もう成熟しきった、安く、安定した、誰でも手に入る「枯れた技術」だった。この一章で、私たちはその思想の出どころから始めて、ファミコン、DS、Wiiという三つの大ヒット、そしてWii Uの失速からSwitchへの復活までを辿る。最後に問いたいのは一つだ。株価チャートには映らない「企業の質」を、私たちはどこで見抜けばいいのか。
まず思想の源にさかのぼろう。ゲームボーイやファミコンの十字ボタンを生んだ伝説的な開発者、横井軍平。彼が残した言葉に「枯れた技術の水平思考」というものがある。枯れた技術とは、すでに広く使われて値段がこなれ、品質も安定した、いわば「もう新しくない」技術のこと。最新の技術は高く、不安定で、量産も難しい。だが枯れた技術は安くて壊れにくい。横井はそこに、まったく別の使い道――水平に組み替える発想――を持ち込めば、安いのに誰も見たことのない商品が作れると考えた。
ゲームボーイがまさにそれだった。1989年に発売されたとき、画面は白黒で、当時すでに時代遅れに見えた。ライバルはカラー液晶を載せてきた。しかしゲームボーイは電池が長持ちし、安く、壊れにくく、ソフトが面白かった。結果、ゲームボーイシリーズは世界で1億台を超えて売れた。最先端を追ったライバルは消え、枯れた技術を選んだ任天堂が勝った。これは偶然ではなく、思想だった。
さらにさかのぼれば、1983年のファミリーコンピュータ――ファミコンがある。ファミコンは性能を欲張らず、価格を14,800円に抑えることに徹底的にこだわった。家庭に置けること、子どもが手にできること。任天堂が見ていたのは技術の頂点ではなく、人の手のひらだった。ファミコンは国内外で大ヒットし、家庭用ゲーム機という市場そのものを作り直した。そしてここで生まれたのが、マリオだ。
なぜこの「枯れた技術」の話が、投資の話になるのか。それは、企業の競争優人の正体に関わるからだ。最先端の技術は、すぐに追いつかれる。資金力のある相手が同じチップを買えば差は消える。だが「人を楽しませる設計の発想」や「マリオというキャラクター」は、お金を積んでも一晩では手に入らない。任天堂の強さは、買える技術ではなく、買えないものに宿っていた。投資家が探すべき「堀(モート)」とは、まさにこういうものだ。
では、その発想がもう一度大きく花開いた瞬間を見よう。2004年のニンテンドーDSと、2006年のWiiだ。当時、ゲーム業界はグラフィック競争の只中にあった。より美しく、より重く、より複雑に――各社がその方向へ走っていた。そこで任天堂を率いていたのが、技術者出身の社長、岩田聡だった。彼はプログラマーとして名を上げた人物で、自らを「名刺の上では社長。頭の中ではゲーム開発者。心はゲーマー」と語った経営者だった。
岩田たちは、業界全体とは逆を向いた。ハイスペックを競うのではなく、ゲームを触らなくなった人――お母さん、お年寄り、子ども――をもう一度振り向かせる道を選んだ。DSはタッチペンと二画面という、当時としては奇妙な構成だった。脳トレや料理ナビといった、それまでゲームと呼ばれなかったソフトが何百万本も売れた。Wiiに至っては、コントローラーを「振る」だけで遊べた。リモコンを振ってテニスをし、ボウリングをする。リビングで親子が一緒に立ち上がった。
結果は劇的だった。ニンテンドーDSは全世界で約1億5千万台、Wiiは約1億台を売り上げ、いずれも任天堂の歴史を塗り替える大ヒットになった。ここでも使われた部品は、必ずしも世界最先端ではない。安価なセンサーとタッチパネル――枯れた技術の水平思考そのものだ。横井の思想は、岩田の手で、市場を「ゲーマー」から「すべての人」へと水平に広げた。
だが――物語はここで終わらない。優良企業の本当の試練は、勝っているときではなく、つまずいたときに来る。次の章は存在しないが、この一章の後半で私たちはその試練に向き合わなければならない。Wiiであれほど勝った任天堂が、なぜ次の一手で深い谷に落ちたのか。そして、そこからどう這い上がったのか。
2012年、任天堂はWiiの後継機としてWii Uを世に出した。手元のコントローラーにも画面がある、という意欲的な機械だった。しかし、これが伝わらなかった。消費者の多くは「Wiiの新しい周辺機器なのか、まったく別の新型機なのか」を理解できなかった。同じ頃、スマートフォンが世界中に広がり、無料や数百円のゲームが人々の時間を奪っていった。Wii Uは販売不振に陥り、生涯販売台数は約1,356万台――Wiiの七分の一ほどにとどまった。任天堂は2012年3月期から営業赤字に沈み、株価も大きく下げた。市場には「任天堂はもう終わった」「スマホに飲み込まれる」という声があふれた。
ここが、投資家にとって最も大事な分岐点だ。表面的な数字――赤字、シェア下落、株価の暴落――だけを見れば、任天堂は「沈む会社」に見えた。だが、その数字の奥に何が残っていたかを見た人もいた。ブランドへの信頼。マリオ、ゼルダ、ポケモンといった、何十年も愛され続けるIP(知的財産)。そして、巨額の借金がないどころか、手元に分厚いネットキャッシュ――現金から借入を引いてもなお大きく残る現預金――を抱えていたという事実だ。任天堂は不振の時期ですら、財務的に追い詰められてはいなかった。質の高い企業は、谷の底でも倒れない体力を持っている。これが「底力」だ。
そして2017年3月、任天堂はニンテンドースイッチ(Switch)を発売する。Switchの発想を一言で言えば、また「組み替え」だった。最先端を狙うのではなく、テレビにつなぐ据置機と、持ち出して遊べる携帯機を一台に統合する――家でも外でも、同じゲームを、同じ機械で。誰もが「あったらいいのに」と薄々思っていたものを、シンプルに形にした。派手な新技術ではない。横井の思想の、岩田の路線の、まっすぐな延長線上にある一台だった。
Switchは爆発的に売れた。発売から数年でWiiを抜き去り、累計販売台数は1億台をはるかに超え、任天堂史上で最も売れたゲーム機の一つになった。営業利益は過去最高水準に跳ね上がり、株価はWii Uの谷から数倍に回復した。これが、教科書のような「V字回復」だ。重要なのは、Switchで使われたのもまた、必ずしも世界最先端のチップではなかったという点だ。任天堂は最後まで、自分たちの土俵で戦った。
さて、最初の問いに戻ろう。株価チャートには映らない「企業の質」を、私たちはどこで見抜けばいいのか。任天堂の物語は、三つの場所を指し示している。第一に、買えない無形資産。マリオという半世紀のキャラクターは、競合がいくら資金を積んでも一夜では作れない。第二に、谷を耐える財務。分厚いネットキャッシュがあったからこそ、任天堂はWii Uの不振を生き延び、Switchという反撃を準備できた。第三に、ブレない思想。枯れた技術の水平思考という一貫した哲学が、社長が代わっても会社の判断軸として生き続けた。
投資とは、上がっている株を追いかけることだと思われがちだ。だが任天堂が教えるのは逆だ。市場が「もう終わった」と書き立てたWii Uの底で、IPと現金と思想という三つの質を冷静に数えられた人だけが、その後のV字回復を手にできた。短期の株価は感情で揺れる。だが質の高い企業の価値は、谷の底でも消えない。私たちが学ぶべきは、ニュースの見出しではなく、見出しの裏に残り続けるものを数える目だ。枯れた技術が何度でもよみがえったように、本物の優良企業は、逆境のたびに静かに自分を組み替えて立ち上がる。
市場が「終わった」と書き立てた谷の底でこそ、IPと現金と思想という、消えない質を数えよ。—— 金言
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本篇 1 の書き留めたい一節
- 市場が「終わった」と書き立てた谷の底でこそ、IPと現金と思想という、消えない質を数えよ。—— 金言



