何が語られるか
ナスダックは5132から1108へ。3兆ドルが消えた。テック株を買わなかったバフェットは5年間「時代遅れの老人」と笑われた。バブルが弾けたとき、笑ったのは彼だった。
1999年、会社名のうしろに「.com」をつけただけで株価が倍になった。スーパーボウルに大金を投じて広告を打った会社が、9か月後には清算された。ウォール街じゅうが、オマハに座ったまま市場に入ろうとしない一人の老人を嘲っていた。彼のファンドはその年に2割下げ、まわりは8割6分上げていたからだ。誰も彼の言い分を聞こうとしなかった。3年後、ナスダックは5132から1108まで落ち、3兆ドルが蒸発した。あの「時代遅れの老人」の純資産は、逆風のなかで3割伸びていた。この本が語るのは、一つのバブルの生死だけではない。最も騒がしい瞬間に、一つの判断基準が、本物の良い会社を取りこぼさず、しかも物語と感情に呑み込まれないために、どう働いたのか――そういう話だ。
誰が読むべきか
- 結果だけを覚えるのではなく、バブルが膨らみ崩れるまでの論理を丸ごと見通す
- 「自分が理解できないものには投資しない」という原則の裏にある、本当の選別基準を理解する
- 一本の物差しを手に入れ、いま市場で流行る物語のどれが同じ脚本を繰り返しているかを測る
试聴く第一章音声解説
精読全文
第 1 章 · 2000年のドットコム・バブル:ナスダックは5132から1108へ
時価総額は78%縮み、3兆ドルが蒸発した――だが、テック株を買わなかったバフェットのあの5年は、「時代遅れの老人」と笑われた。
1999年、ナスダック総合指数は年間で86%上げた。
ウォール街のトレーダーたちは互いに肩を叩き合って言った。今回は違う、と。会社の名前のうしろに「.com」をつけさえすれば、株価は一夜にして倍になる。売上がなくても構わない。利益がなくても構わない。ビジネスモデルすらなくても構わない――語る物語さえ大きければ、資本は群れをなして押し寄せてくる。
Pets.comは、あの時代のもっとも馬鹿げた脚注だった。オンラインのペット用品会社で、2000年2月に上場し、8200万ドルを調達した。マスコットはマイクをくわえた靴下の犬。広告はスーパーボウルのゴールデンタイムに流れた。9か月後、この会社は清算された。たった9か月で。
この狂騒がもっとも騒がしかったまさにそのとき、オマハのオフィスに座り、加わることを拒んだ一人の男がいた。
ウォーレン・バフェット。当時すでに、世界でもっとも有名な投資会社バークシャー・ハサウェイを率いていた。彼は1999年に公言した。私はテック株を買わない、と。理由はたった一言だった。「自分が理解できないものには投資しない。」
『フォーチュン』誌はすかさず論評を載せた。言葉に容赦はなかった――この老人は「too old to get it(歳を取りすぎて理解できない)」、もはやニューエコノミーのテンポについていけない、と。投資家たちはカクテルパーティーで彼を嘲った。バフェットはもう時代遅れだ、彼の時代は終わった、と。1999年、バークシャーの株価はおよそ20%下げ、ナスダックは同じ期間に86%も駆け上がった。対比があまりに目に痛く、嘲笑はますます大きくなった。
2000年3月10日、ナスダック総合指数は5132に届いた。
そして、すべてが崩れはじめた。
これといった単一の引き金はなかった。ただ市場が突然、いっせいに気づいただけだ――あの「.com」企業たちは、調達した金をすべて燃やし尽くしたのに、本当に儲ける方法はついぞ見つけられなかった、と。信頼がいったん揺らげば、もう止まらない。アマゾンは当時すでにインターネットでもっとも有名な会社の一つだったが、株価は最高値113ドルから一気に5.5ドルまで落ちた。下落率は95%超。倒産した会社ではない。生き残ったほうの会社が、である。
2002年10月、ナスダックは1108で底を打った。
5132から1108へ、下落率78%、丸ごと3兆ドルの時価総額が蒸発した。天井で買った普通の投資家たちは、口座の数字が4分の3も縮んだ。ナスダックが再び5000を超えるのを、まる15年待った人もいる。
バフェットのその3年はどうだったか。
2000年から2002年、S&P500は累計で38%下げた。バークシャー・ハサウェイの同期間のリターンは、プラス30%。「時代遅れの老人」と笑われた男は、皆が損切りして市場を去った3年のあいだに、純資産を下げるどころか、増やしていた。
だが、この物語にはもう一つの転回がある。バフェット自身も後にそれを認めた。
2016年、彼はアップル株を大量に買いはじめた。2023年には、アップルはバークシャー最大の単一保有銘柄となり、評価益は1000億ドルを超えた。彼は言う。アップルはテック企業ではない、消費財の会社だ、自分が「理解できる」事業なのだ、と。ユーザーの粘着性、価格決定力、ブランドという堀――これらなら自分にはわかる。
だから「自分が理解できないものには投資しない」という原則は、少しも変わっていない。変わったのは、ある会社の輪郭を本当に理解するために、彼が時間を割く気になったということだ。1999年のバブルを拒んだことは、テック業界を永遠に拒むことを意味しない。彼があのとき拒んだのは、利益もなく、堀もなく、ただ物語だけで評価額を支えていた会社たちだった。この判断は、2000年の瓦礫のなかで、寸分の狂いもなく歴史に裏づけられた。
市場がもっとも熱狂しているとき、いちばん危険な一言はこれだ――「今回は違う。」
能力の輪の境界は固定されたものではないが、本物でなければならない。ある種の資産を拒むときの前提は「本当に理解できない」ことであって、「理解する手間を惜しむ」ことではない――学び続ければ境界は広げられる。だが、理解する前に理解したふりをしてはいけない。—— 投資の教訓
編集部について
本書は、膨大な史料・決算データ・当事者へのインタビュー記録をもとに編集部が整理したもので、1995年から2002年にかけてのドットコム・バブルの全貌を余すところなく再現している。この一幕は、過去半世紀の世界の資本市場でもっとも代表的な非合理的熱狂の事例であり、いまなおビジネススクールやプロの投資家が繰り返し研究する必読の素材である。いま改めてこれをたどるのは、市場が数年ごとに新しい「今回は違う」を生み出すからだ。前回を読み解くことが、次回を見抜くいちばん安上がりな方法なのである。
查看編集部全投資ノート →本篇 1 の書き留めたい一節
- 能力の輪の境界は固定されたものではないが、本物でなければならない。ある種の資産を拒むときの前提は「本当に理解できない」ことであって、「理解する手間を惜しむ」ことではない――学び続ければ境界は広げられる。だが、理解する前に理解したふりをしてはいけない。—— 投資の教訓



