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三木谷浩史 · 楽天とエコシステム 封面

三木谷浩史 · 楽天とエコシステム

流派 · 开荒者
巨匠 · 編集部
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一行で言うと 銀行員から起業家へ転じた三木谷浩史が、楽天市場を起点に「経済圏」という壮大な構想をどう築き、どこで巨額の代償を払ったかを

何が語られるか

銀行員から起業家へ転じた三木谷浩史が、楽天市場を起点に「経済圏」という壮大な構想をどう築き、どこで巨額の代償を払ったかを辿る人物伝。

一介の銀行員だった男が、たった13店舗のオンライン商店街から出発し、ECから金融、ポイント、そして携帯電話まで飲み込む巨大な「楽天経済圏」を作り上げた。エコシステム——つなぎ合わせることで価値が増える仕組み。それは三木谷浩史の最大の武器であり、同時に最大の重荷にもなった。この unit では4章にわたって、楽天市場の創業期、金融とポイントによる経済圏の完成、英語公用語化という社内革命、そして携帯参入が招いた巨額赤字までを順に辿る。光と影の両方から、エコシステム戦略の本質を読み解いていく。

誰が読むべきか

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第 1 章 · 銀行を辞めた男が、13店舗から始めたもの
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精読全文

第 1 章 · 銀行を辞めた男が、13店舗から始めたもの

1997年5月、たった6人、サーバー1台、そして出店してくれた店はわずか13店舗——それが「楽天市場」の始まりだった。インターネットがまだ電話回線で「ピーガガガ」と鳴っていた時代。ネットで物を買うなんて、多くの日本人にとって現実味のない話だった。その時代に、一人の元銀行員が「インターネット上に巨大な商店街を作る」と本気で言い出した。三木谷浩史、当時32歳。

この unit では、4つの章をかけて彼の歩みを辿る。まずこの第1章で、なぜ安定した銀行員が会社を辞め、何もないところからECを立ち上げたのかを見る。第2章では、楽天市場の成功を「経済圏」という巨大な構想へとつなげていく金融とポイントの戦略を。第3章では、その拡大を支えるために断行した英語公用語化という社内革命を。そして第4章で、エコシステムの延長線上にあった携帯電話事業——巨額の投資と赤字、その光と影を扱う。エコシステムとは何か、それがなぜ強く、なぜ危ういのか。三木谷の人生がそのまま教材になる。

まず生い立ちから。三木谷浩史は1965年、兵庫県神戸市に生まれた。父・良一は一橋大学やイェール大学で学んだ経済学者で、ハーバード大学でも教鞭をとった人物。学者一家に育った三木谷は、一橋大学商学部を卒業後、1988年に日本興業銀行に入行した。当時の興銀といえば、日本の産業金融の頂点に立つエリート銀行。そこに就職するということは、敷かれたレールの上を歩む安泰な人生を意味した。

彼は社費でハーバード・ビジネス・スクールに留学し、1993年にMBAを取得して帰国する。アメリカで彼が肌で感じたのは、起業という選択肢が当たり前にあるという空気だった。日本ではまだ「いい大学を出ていい会社に入る」のが正解とされた時代。だがアメリカでは、若者が自分でビジネスを立ち上げ、世界を変えようとしていた。

そして1995年1月17日——人生を変える出来事が起きる。阪神・淡路大震災。三木谷の故郷・神戸が、わずか数十秒で瓦礫の山と化した。彼自身の親戚や友人も犠牲になった。人はいつ死ぬかわからない。安定とは何だったのか。震災は、彼の中の「このままでいいのか」という問いに、決定的な答えを突きつけた。

1996年、三木谷は興銀を退職する。エリート銀行員が30歳そこそこで独立する——周囲は驚き、止める者もいた。だが彼は決めていた。まずコンサルティング会社「クリムゾングループ」を立ち上げ、そして次に狙いを定めたのが、インターネットだった。

なぜECだったのか。彼は冷静に市場を観察していた。当時、ネット通販はすでに存在していたが、その多くは「企業が自前で高額なシステムを作る」モデルで、出店費用が月100万円以上もかかった。これでは大企業しか参加できない。一方アメリカでは、個人や中小の商店が次々とネットに進出していた。三木谷は気づく——日本の中小の商店主たちに、安く、簡単に、自分の店をネットに持てる「場」を提供すれば、そこに無数の店が集まる。

ここが彼の発想の核心だ。自分で商品を仕入れて売る「小売」ではなく、店が集まる「商店街=プラットフォーム」を作る。楽天市場の出店料は、当初月5万円。当時の常識からすれば破格の安さだった。しかもただ場所を貸すだけではない。店主が自分でページを更新し、お客さんとメールでやり取りできる仕組み——いわば「店主の顔が見える」ECを設計した。無機質な通販ではなく、対面販売のような温かさをネット上に再現しようとしたのだ。

だが理想だけでは店は集まらない。創業メンバーは全国を歩き回り、商店主に頭を下げて回った。「ネットで物が売れるわけがない」と門前払いされることも多かった。それでも13店舗が信じて出店してくれた。その13店舗から、すべては始まった。

初月の流通総額はわずか約32万円。だが三木谷は、店が増えれば客が増え、客が増えればまた店が増える——そういう「正の循環」が回り始めることを確信していた。場に人が集まれば、場そのものの価値が上がる。これは後に楽天が築く巨大なエコシステムの、最初の小さな種だった。

たった13店舗。そこから彼はどうやって、日本最大級のオンライン商店街を作り上げ、さらにそれを「経済圏」へと膨らませていったのか。次の章では、ECの成功を金融とポイントへつなげた、その決定的な一手を見ていこう。

第 2 章 · ポイントが経済圏を生んだ

前章では、三木谷浩史が銀行を辞め、わずか13店舗からオンライン商店街「楽天市場」を立ち上げたところまでを見た。場に店が集まり、店が客を呼び、客がまた店を呼ぶ——その正の循環は確かに回り始めた。だが三木谷の構想は、ECという一つの事業にとどまらなかった。彼が本当に作ろうとしていたのは、もっと大きなものだった。「経済圏」である。

経済圏とは何か。簡単に言えば、買い物も、決済も、銀行も、証券も、旅行も、すべてを一つの企業グループの中で完結させ、それらを「ポイント」という共通通貨でつなぎ合わせる仕組みのことだ。ユーザーは楽天の中で生活すればするほどポイントが貯まり、そのポイントがまた楽天の中で使われる。一度この輪の中に入ると、外に出る理由がなくなる。これが経済圏の威力であり、エコシステム戦略の真骨頂だ。

ではどうやって作ったのか。鍵は「買収」と「金融」だった。

2000年、楽天は株式を店頭公開(後の東証マザーズ上場へ)。調達した資金と株式という武器を手に、三木谷は猛烈なスピードで事業を買い増していく。2003年には旅行予約サイトの「旅の窓口」(現・楽天トラベル)を買収。2004年にはネット証券のDLJディレクトSFG証券(後の楽天証券)を傘下に収め、同年にはプロ野球への新規参入を申請し、「東北楽天ゴールデンイーグルス」を設立した。さらにクレジットカード会社を買収し「楽天カード」を、銀行を買収し「楽天銀行」を手に入れていく。EC、旅行、証券、カード、銀行、そしてスポーツ——一見バラバラに見えるこれらの事業は、すべて一つの目的のために集められていた。ユーザーの「生活」を丸ごと囲い込むためだ。

ここで決定的な役割を果たしたのが「楽天スーパーポイント」(現・楽天ポイント)だ。楽天市場で買い物をすればポイントが貯まる。そのポイントは楽天トラベルでも、楽天ブックスでも使える。さらに楽天カードで支払えばポイントが上乗せされ、楽天銀行や楽天証券を使えばまたポイントの倍率が上がる。複数のサービスを併用するほど還元率が跳ね上がる——この「SPU(スーパーポイントアッププログラム)」と呼ばれる仕組みが、ユーザーを楽天経済圏に深く深く取り込んでいった。

考えてみてほしい。あなたが楽天カードを持ち、楽天銀行に口座を作り、楽天市場で買い物をし、楽天トラベルで旅行を予約している。すると、わざわざ他社のサービスに乗り換える理由がどんどん薄れていく。乗り換えれば、せっかくの高いポイント還元を捨てることになるからだ。これを経済学では「スイッチングコスト(乗り換えの代償)」が高い状態という。楽天は、ポイントという見えない鎖で、ユーザーを心地よく縛りつけたのだ。

そして金融事業は、もう一つ重要な意味を持っていた。「収益の柱」である。ECのプラットフォームは華やかだが、利益率はそれほど高くない。一方、カードや銀行といった金融事業は、いったん顧客基盤を握れば安定した収益を生み続ける。実際、楽天カードは日本のクレジットカードの中でも有数の取扱高を誇るまでに成長し、楽天グループ全体を支える稼ぎ頭になっていった。EC で集めた膨大なユーザーを金融へ流し込み、金融で稼いだ利益でさらにユーザーを呼び込む——ここでも正の循環が回っていた。

この戦略を投資の目で見ると、何が見えるだろうか。一つの優れた事業を持つ企業よりも、複数の事業が互いに顧客とデータを送り合い、全体として一つの「生態系」を成している企業のほうが、競合に真似されにくく、収益が安定しやすい。これを「ネットワーク効果」や「エコシステムの堀(モート)」と呼ぶ。投資家がプラットフォーム企業を評価するとき、個々の事業の良し悪しだけでなく、「この事業同士はどうつながり、互いをどう強め合っているか」を見るのは、まさにこの理由からだ。

付け加えるなら、この戦略には「データ」というもう一つの果実があった。ユーザーが楽天の中で何を買い、どこへ旅し、いくら使うか——その膨大な行動データが一つのIDのもとに集まる。すると、その人に合った商品やサービスを的確に勧められるようになり、広告も金融審査も精度が上がる。事業をつなぐほどデータが厚くなり、データが厚くなるほど各事業の精度が上がる。ここにも、エコシステム特有の正の循環が働いていた。

2010年代、楽天経済圏は完成形に近づいた。会員数は1億を超え、ポイントは日本人の生活に深く根を下ろした。三木谷の構想は見事に結実したように見えた。

だが、これだけ巨大な生態系を回し続けるには、それを動かす「組織」もまた、世界水準に進化しなければならない。次の章では、三木谷が社内に向けて放った、ある衝撃的な一手を見ていく。それは「日本企業」であることそのものを問い直す決断だった。

第 3 章 · 英語を、社内の公用語にする

前章では、楽天がECから金融・ポイントへと事業を広げ、「楽天経済圏」という巨大な生態系を築き上げた過程を見た。会員は1億を超え、ポイントは日本人の生活に溶け込んだ。だが三木谷浩史は、この成功の最中に、社員たちを震撼させる宣言を放つ。「楽天の社内公用語を、英語にする」——2010年のことだった。

これは単なる「英語を勉強しましょう」という話ではない。社内会議も、資料も、メールも、食堂のメニューに至るまで、すべてを英語にする。そして全社員に、TOEIC で一定のスコア(目標は800点)を取ることを義務づけた。達成できなければ昇進にも影響する。日本企業の本社で、日本人同士が日本語を使わない——前代未聞の決断だった。当時、ある著名な経営者がこれを公然と「ばかな経営」と批判したほど、社会的にも議論を呼んだ。

なぜ三木谷はここまで踏み込んだのか。背景には、彼の明確な世界観があった。

第一に、グローバル化だ。2010年前後、楽天は海外展開を加速させていた。アメリカの大手ECサイト Buy.com を買収し、フランスの PriceMinister、ドイツやブラジルの企業も相次いで傘下に収めていた。世界中に社員を抱えるようになれば、日本語だけでは組織が回らない。本社の会議が日本語のままでは、海外の優秀な人材は意思決定の中枢に入れない。三木谷は、楽天を「日本のネット企業」ではなく「世界企業」にしようとしていた。そのためには、共通言語が要る。それが英語だった。

第二に、人材だ。英語が公用語であれば、国籍を問わず世界中から優秀なエンジニアや経営人材を採用できる。実際、英語化以降、楽天の技術系新卒採用に占める外国籍社員の比率は大きく上がった。インドやアジア各国のトップエンジニアが、言語の壁なく楽天で働けるようになった。閉じた日本市場の人材だけで戦うのか、世界中の頭脳を取りに行くのか——三木谷の答えははっきりしていた。

そして第三に、情報だ。彼はこう考えていた。世界の最新の技術論文も、ビジネスの最先端の議論も、その大半はまず英語で生まれる。日本語に翻訳されるのを待っていては、常に一歩も二歩も遅れる。英語で直接情報を取れる組織は、世界の変化をリアルタイムで吸収できる。スピードこそが、ネット企業の生命線なのだ。

もちろん、現場の混乱は凄まじかった。会議で言いたいことが言えない。資料作りに何倍も時間がかかる。「英語ができる人」と「仕事ができる人」は必ずしも一致しない。優秀な社員が英語のせいで評価を落とす——そんな不条理も起きた。退職を選んだ社員もいた。三木谷自身、批判の矢面に立たされた。それでも彼は、一歩も引かなかった。号令だけでなく、自ら英語学習の専門部署を社内に作り、全社員の学習を強力に支援した。本気だったのだ。

そして数年後、結果が出始める。社員の平均 TOEIC スコアは大きく上昇し、海外拠点との連携は格段にスムーズになった。何より、組織の「マインドセット」が変わった。世界を相手に戦うのが当たり前——そういう空気が社内に根づいた。ハーバード・ビジネス・スクールがこの英語公用語化を経営の事例研究(ケース)として取り上げたことは、この試みが世界的にも注目される実験だったことを物語っている。

ここから経営と投資について何が学べるか。一つは、エコシステムという「仕組み」は、それを動かす「組織」と不可分だということだ。どれほど壮大な経済圏を設計しても、それを世界規模で運営できる人材と文化がなければ、絵に描いた餅で終わる。三木谷は、戦略(何をやるか)だけでなく、組織(誰がどう動かすか)まで一気に作り変えようとした。企業を分析するとき、戦略の巧みさだけでなく、それを実行できる組織能力があるかを見るべき——英語公用語化はその好例だ。

もう一つは、創業者の「意志の強さ」が持つ両面性だ。周囲の猛反対を押し切ってでも信じた道を進む。この強烈なリーダーシップこそが、13店舗を経済圏にまで育てた原動力だった。多くの企業が「みんなが反対するから」と立ち止まる場面で、三木谷は逆に「みんなが反対することにこそ勝機がある」と踏み込んだ。ライバルがやらないことを先にやるからこそ、差がつく——彼の経営にはこの一貫した思想が流れている。だが——その同じ「押し切る力」が、次の章で見る巨大な賭けでは、巨額の代償を招くことにもなる。意志の強さは、正しい方向に向かえば最大の武器になり、誤った方向に向かえば最大のリスクになる。同じ力が光にも影にもなる——ここに経営の難しさが凝縮されている。世界企業への組織を整えた三木谷が、次に狙った戦場。それは、日本の通信業界という、最も金のかかる土俵だった。

第 4 章 · 携帯という巨大な賭け——光と影

前章では、三木谷浩史が英語公用語化という社内革命を断行し、楽天を「世界企業」へと作り変えようとした姿を見た。戦略を支える組織を整えた彼が、次に挑んだのは、これまでとは桁違いに金のかかる戦場だった——携帯電話。日本の通信業界である。

なぜ携帯だったのか。それは、楽天経済圏という生態系の「最後のピース」だったからだ。考えてみてほしい。買い物、決済、銀行、証券、旅行——人々の生活の大半はもう楽天の中にある。だが、その全ての入り口となる「スマートフォンそのもの」「通信回線そのもの」は、まだドコモ・au・ソフトバンクという他社が握っていた。もし楽天が自前の携帯キャリアを持てば、ユーザーは朝起きてから夜寝るまで、文字どおり一日中、楽天のサービスに接続し続けることになる。回線料金もポイントでつながり、経済圏は完璧に閉じる。三木谷にとって、これはエコシステムを完成させる必然の一手だった。

2018年、楽天は携帯電話事業への新規参入を正式に表明する。日本で「第4の携帯キャリア」が誕生する——巨大な挑戦だった。そして2020年4月、「楽天モバイル」が自社回線でのサービスを本格的に開始した。

三木谷の戦略は、ここでも常識破りだった。彼は既存3社が使ってきた高価な専用通信設備に頼らず、汎用的なサーバーとソフトウェアで通信網を動かす「完全仮想化ネットワーク」という最新技術に賭けた。これがうまくいけば、設備コストを劇的に下げ、世界に先駆けた革新的なネットワークを世界中に売り込めるかもしれない——壮大な構想だった。料金も破格で、当初は1年間無料といった大胆なキャンペーンで一気にユーザーを集めにいった。

ここまでが「光」だ。だが、通信事業の現実は甘くなかった。

携帯キャリアを成り立たせるには、全国津々浦々に基地局(電波を飛ばすアンテナ設備)を建てなければならない。山間部にも、地下にも、ビルの陰にも。これには天文学的な投資が必要だった。楽天モバイルが基地局網の整備に投じた金額は、当初計画を大きく上回り、累計で数兆円規模に膨れ上がっていく。一方で、いくらユーザーを集めても、無料キャンペーンや格安料金では収益が立たない。さらに、つながりにくさ(電波が届かないエリアの問題)が指摘され、加入者の伸びは想定を下回った。

結果、楽天グループの財務は急速に悪化する。楽天グループは2021年12月期から2023年12月期にかけて3期連続で巨額の最終赤字を計上し、その累計は数千億円規模に達した。赤字の最大の原因が、モバイル事業だった。あれほど盤石に見えた楽天経済圏が、たった一つの事業の重さで揺らぎ始めたのだ。資金繰りのため、楽天は度重なる資金調達を迫られ、巨額の社債の返済期限が近づくたびに市場の不安が高まった。一時は「楽天は大丈夫なのか」という声すら囁かれた。

ここに、エコシステム戦略の「影」が凝縮されている。経済圏を完成させたいという論理それ自体は正しかった。携帯はたしかに最後のピースだった。だが——そのピースを埋めるコストが、あまりにも巨大だったのだ。EC や金融で成功した「数十万円の出店料」「ポイント還元」の世界と、「数兆円の基地局投資」の世界では、桁が違いすぎた。成功体験の延長線上で同じ拡大の論理を走らせたとき、企業はときに、自分の体力を超えた賭けに踏み込んでしまう。

ここから投資家が学ぶべきことは重い。第一に、優れた成長企業ほど、その成功体験ゆえに「次の拡大」へ突き進む慣性を持つ。だが、ある事業で通用した戦略が、まったく資本構造の異なる別の事業でも通用するとは限らない。投資判断では、「その新規事業に必要な投資額と、それを回収できる時間軸」を冷静に見積もる必要がある。第二に、エコシステムの「つながり」は強みであると同時にリスクでもある。一つの事業が傾けば、それが全体の財務を引きずり下ろす。連結しているからこそ、痛みも連結して伝わるのだ。

それでも三木谷は、この賭けを諦めていない。彼は仮想化ネットワークの技術を「楽天シンフォニー」として海外の通信会社に外販する道を模索し、モバイルの黒字化に向けて加入者を積み上げ続けている。経済圏という壮大な構想を、最後まで完成させようとする意志——それは、阪神・淡路大震災のあと銀行を辞めて13店舗から始めた、あの日の覚悟と地続きだ。

この unit を振り返ろう。第1章、銀行員だった三木谷が震災を機に起業し、13店舗の商店街を作った。第2章、その成功を金融とポイントでつなぎ、誰も真似できない経済圏=エコシステムを築いた。第3章、それを世界規模で動かすため英語公用語化という組織革命を断行した。そして第4章、エコシステムの最後のピースを求めて携帯に挑み、巨額の赤字という代償を払った。彼の物語は、「つなぐことで価値を生む」というエコシステム戦略の、輝きと危うさをそのまま映している。成功した戦略を延長する勇気と、その延長線上に潜む落とし穴。投資家にとって、この光と影を同時に見据えることこそが、プラットフォーム企業を読み解く鍵になる。

成功した戦略の延長線にこそ、最大の落とし穴は口を開けている——つなぐことで価値を生む者は、つながりが伝える痛みもまた引き受ける。—— 金言

編集部について

編集部

本作は楽天創業者・三木谷浩史の歩みを題材に、ECから金融・モバイルへと拡張した「楽天経済圏」の戦略と、その光と影を投資・経営の視点から再構成した人物伝。史実に基づき、エコシステムという発想がもたらした成長と代償を辿る。

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